「もっと頑張れば会社は良くなる」
昔の私は本気でそう思っていました。
残業を減らすために改善提案を行い、効率化を進め、自分なりに会社へ貢献していたつもりです。
しかし、結果は違いました。
私が働いていた子会社は閉鎖されました。
今振り返ると、会社が抱えていた問題は、現場社員の努力で解決できるレベルではなかったのです。
私の状況
当時の私の労働環境です。
残業時間
- 月100〜120時間(入社初期)
- 月80時間(改善後)
年収
- 基本給:180万円
- 残業代:108万円
- 賞与:20万円
合計
年収308万円
でした。
数字だけ見ると、
「残業代が無ければ生活できない」
状態です。
改善しても楽にならない
私は現場で様々な改善を行いました。
- 作業の効率化
- 手順の見直し
- 無駄な作業の削減
その結果、
残業時間は
100〜120時間
↓
80時間
まで減りました。
現場レベルでは大きな成果です。
しかし会社全体は改善しませんでした。
毎月2,000万円の赤字
会社は慢性的な赤字でした。
毎月
2,000万円の赤字
年間では
2億4,000万円の赤字
です。
この数字を見れば分かります。
現場社員が数十時間残業を減らしたところで、どうにかなるレベルではありません。
会社そのものが利益を生めなくなっていました。
赤字の原因
① 設計ミス
設計ミスが発生すると、
- 部品の作り直し
- 現地改造
- 客先対応
が発生します。
利益は簡単に吹き飛びます。
② システム開発の失敗
外部委託した案件では、
- 丸投げ
- 要件共有不足
- 作り直し
が発生していました。
結果として、
開発費を二重三重に払う状態になります。
③ リピート案件がなくなった
設備メーカーは本来、
初号機 → 赤字
2号機 → 黒字
3号機 → 大幅黒字
というビジネスです。
しかし当時は
新規案件ばかり
でした。
つまり、
永遠に初号機を作り続けている状態です。
利益が出るはずがありません。
④ 外注依存
人手不足になるたびに、
- グループ会社応援
- 個人事業主
- 外部業者
へ依頼していました。
しかも短期契約。
やっと仕事を覚えた頃に契約終了。
また次の人に教える。
ノウハウは蓄積されません。
⑤ 親会社案件の喪失
さらに大きかったのが、
親会社からの仕事が減ったことです。
仕事は減ったのに、
固定費はそのまま。
不思議なことに、
仕事が少ないのに残業する社員もいました。
残業は原因ではなく結果だった
当時は
「残業が多いから会社がおかしい」
と思っていました。
今は違います。
実際には、
設計ミス
↓
作り直し
↓
納期遅延
↓
残業
です。
残業は原因ではありません。
問題を隠すための応急処置でした。
銀行から見放される
赤字は続きました。
- 1年目:様子見
- 2年目:改善要求
- 3年目:融資厳格化
資金調達が難しくなり、
親会社からの支援で延命していました。
しかし、それも限界でした。
最後は銀行対策として閉鎖
最終的に親会社は銀行との交渉の中で、
子会社閉鎖を選択します。
社員は
- グループ会社へ転籍
- 取引先へ転籍
- 新会社へ移籍
などに分散されました。
会社は消えましたが、
事業の一部は形を変えて残りました。
私が学んだこと
この経験から学んだことがあります。
それは、
個人の努力と会社の業績は別問題
だということです。
私は改善活動を行い、
残業時間を減らしました。
それ自体は間違っていなかったと思います。
しかし、
会社全体が
- 設計ミス
- 開発失敗
- 赤字受注
- 外注依存
という構造的問題を抱えていた以上、
現場の努力だけで立て直すことは不可能でした。
終わりに
当時の私は、
「もっと頑張れば会社は良くなる」
と考えていました。
しかし今なら分かります。
会社が倒れる時は、
社員一人ひとりの努力不足ではなく、
利益を生み出す仕組みそのものが壊れていることが多いのです。
月100時間以上残業しながら働いていた私が言えるのは、
会社を救えなかったことを、自分の責任だと思う必要はない
ということです。
私がやるべきだったのは会社を救うことではなく、
まず自分自身が潰れないようにすることだったのかもしれません

コメント